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うつ病ではない?「双極性障害」のサインを見逃さないで!

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 こんにちは!まーちんです!

今日はわたしの母の話です。母は長いことうつ病の薬を飲んでいたのですが、最近になって母は『うつ病』ではなく『双曲性障害』だったと分かりました。


わたしの母の症状と、どのようにして回復に至ったのかお話しします。

 母の病とわたし

 

母は25才くらいからうつ病のくすりを飲んでいました。わたしが小さいころ、母は具合が悪くて起きられないことが何度もありました。

 

 居間で一緒に過ごしている時にも「ちょっと横になる」といって、わたしはさびしい想いでいっぱいになったのを覚えています。

 

わたしは母が横にならないように必死におしゃべりしていました。ほんとはもっと母と一緒に遊びたかったです。でもそれができなかったのは母のせいではなくて、病気のせいでした。

叔母の死がきっかけで躁状態に

 

わたしが小学5年生のころ、母の叔母が亡くなりました。母は叔母を慕っていたのでショックだったと思います。

 

叔母の死から数日、母の様子がいつもと違うことに気づきました。いままで見たことがないくらい活動的で自信に満ち溢れている様子でした。わたしは元気な母を見てうれしく思ってました。

 

「ずっとこのままの母だったらいいな」

 

でも1年くらいで母は元の体調が悪い状態に戻りました。あの時の「元気」は元気じゃなくて「躁(そう)」の状態だったんですね。すごくハイになっている状態、テンションが高い状態です。

 

母は双極性障害でした。当時かかっていた病院で母は、「さいきんすごく元気で、元気すぎるくらいなんですよ」と伝えていたそうです。自分でも何かいつもと違う状態を感じていました。でもお医者さんはそれまで通りうつ病薬を出しました。

 

 

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 長いうつ状態に突入

 

無料素材 うつ に対する画像結果

 

その後、何度かハイになる期間があって、4年前にもまた同じことが起こりました。母方の祖母が亡くなった時から1年間、ハイの状態でした。

 

祖父が一人暮らしになってしまったので母は毎朝4時に起きてご飯をつくりに祖父の家に行き、家事をして夕方に自宅に帰る、という生活を1年も続けました。元の母なら、そんなことはできません。これも躁の状態にあったからできたことだったのだと思います。

 

これまで以上に母は何もできなくなりました。会話もできなくなりました。話しかけても「苦しい、つらい、助けて欲しい」ということしか言いません。母は悪夢の中で1人苦しんでいるようにみえました。

 

トイレにいく時とご飯を食べるとき以外は、ずっとベットの上で過ごしました。それが3年続きました。外にも出られず、病院にもいけず、父もわたしもどうしたらいいものか分からなくなりました。

 母の病気の正体

 

治す方法をたくさん調べました。あるとき知ったのが「双極性障害」という病気。母の症状に完全に当てはまっていて、母はうつ病ではなくて「双極性障害」だとはっきり分かりました。

 

でもその時母は、病院に行ける状態ではありませんでした。母が外に出られる日を待つしかありませんでした。

 またやってきたハイの波

 

祖父が亡くなり、その時から母はまたハイの状態になりました。本人は元気になったと喜んでいましたが、わたしは複雑な気持ちでした。元気になったのではなく躁(そう)状態に入ったと思ったからです。

 

母に「今の状態も普通じゃないんだよ。だから病院に行かないと」と何度もいいました。

無理にでも病院に連れていかなければならないと思いました。

 

本人はもう治ったと思い、ずっといい状態が続くんだろうと思ってしまいます。でも、躁(そう)状態の時こそ病院にいかなければならないことをわたしはネットの情報から知りました。

 双極性障害(躁うつ病)という病気

 

本人はよくなったと思ってしまいます。周りの人が気づいて病院に連れていかないとまた燃料ぎれになったころ、うつ状態に突入します。わたしは母を見ていてそう感じました。

テンションの制御装置がうまく働かなくなっているんだと思います。

 

双極性障害の人はうつ状態のときにしか病院にいかないので正しい診断をしてもらえないことが多いそうです。躁の時とうつの時があることを本人や家族が自覚して医師に伝えることが大事です。

 

なぜかというと、うつ病の薬と双極性障害の薬はまったく別ものだからてす。双極性障害の人がうつ病の薬を飲んでも意味がないんです。双極性障害の薬は躁とうつの波を小さくするものです。

 

母は双極性障害なのに、30年もうつ病の薬を飲んでいました。双極性障害は正しい治療を行わないと、躁とうつの波の間隔がだんだん短くなります。

 

www.mhlw.go.jp

 治療がはじまる

 

無料素材 くすり に対する画像結果

 

やっと母の病気のことがわかる医師に出会い、薬の服用をはじめました。2週間くらいで母のハイテンションは落ち着きました。うつの時も躁の時も、母との会話はどこかすれ違っていて、別々の世界にいるようでした。

 

でも治療がはじまってからはやっと、同じ世界で会話ができていると感じました。外にも出られるようになり、今は毎日畑の草取りをしています。

 症状のきっかけはみんな違う

 

この15年間の間に母は3回躁(そう)状態になり、きっかけはすべて身内の死でした。人によってきっかけは違うようですが、何かをきっかけに躁かうつの波がやってくるようです。

 双極性障害かもしれないと思われる方へ

 

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母と同じように、双極性障害なのにうつ病のくすりを飲み続けている人がいるかもしれません。

 

うつ病だと診断されている人、もしこれを読んで、「もしかしたら」と思われる人がいたらすぐに医師にそのことを伝えてみてください。病院を変えてみるのもひとつの手だと思います。実際、母は何十年通った病院ではなく最近できたクリニックで正しい診断をしてもらいました。

 

大事なのは、この病気を知っている医師に出会えるかどうかです。うちは田舎というのもあって病院の先生はお年を召された方が多かったです。

 

こちらは岩手県花巻市にあるクリニックです。

銀河クリニック 心療内科・内科・精神科

 今は母の症状は落ち着いていますが、またうつの波は小さくともやってくるのだろうと思っています。 

 

でもとんでもない大嵐から抜け出したのでさすがにこれ以上のことは起きない、と思いたい。

一日でも多く、母が「生きることが楽しい」と思えればいいなと思っています 。

                        

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