もう、やーめた。

田んぼしかない超田舎育ちの25才女です!すきなたべものは、お肉、貝類、ラーメン、たこ焼き。 すきなことは、書道、字をかくこと、一輪車に乗ること! 「働くって何か?」というギモンを抱き続け、「どうせやるなら好きなことしたい!」という思いでブログをスタートしました! (現在はバイトしてます。やめたい!笑) 夫の転勤であっちこっちいってます(現在北海道在住)。人見知りなのに寂しがりのわたしです( ;∀;)よろしくおねがします(^^)/

実は「うつ病」ではなかったー母の「双極性障害」についてー

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いままで家族しか知らなかった話をします。

じつは、3年間ほぼ寝たきりだった母が、さいきん料理をつくれるまでに回復しました。

3年たってどうしていま急に回復したのか。

実はこれが母の病気でした。

 

 

 わたしが小さかった頃の母

 

母は25才くらいからずっとうつ病のくすりを飲んでいました。

うつ病だと思って。30年以上です。

覚えているのは、わたしが小さいころ母が朝起きられなくて、「具合がわるい」としんどそうな顔していたこと。

 

それが5日くらい続いたこと。

 居間にいて「ちょっと横になる」といい、わたしはさびしい想いでいっぱいになっていたこと。

 

母に「横になる」と言わせないように必死におしゃべりしてたこと。

ほんとはもっと母と一緒に遊びたかったこと。

でもそれができなかったのは母のせいではなくて、病気のせいでした。

 

わたしが小学5年生のころ、母の叔母がガンで亡くなりました。

母は叔母を慕っていたのでかなりのショックだったと思います。

 

ところが叔母の死から数日、母の様子がいつもと違うことに気づきました。

いままで見たことがないくらい活動的で自信に満ち溢れているかんじでした。

当時のわたしは元気な母を見てうれしく思ってました。

 

「ずっとこのままの母だったらいいな」

でも1年くらいで元の母に戻りました。

実はこの時の「元気」は元気じゃなくて「躁(そう)」の状態だったんですね。

すごくハイになっている状態、テンションが高い状態です。

 

母は双極性障害でした。

当時かかっていた病院で伝えていたらしいんです。

「さいきんすごく元気で、元気すぎるくらいなんですよ」って。

 

でもお医者さんはそこでピンとこなかったんですね。

お医者さんといえどもわからない人もいるんです。

 

 長いうつ状態に突入

 

無料素材 うつ に対する画像結果

 

その後何度かハイになる期間があって、4年前もそうでした。

母方の祖母が亡くなった時から1年間、ハイの状態でした。

 

祖父が一人暮らしになってしまったので母は毎朝4時に起きてご飯をつくりに祖父の家に行き、家事をして夕方に自宅に帰る、という生活を1年も続けました。

 

そして徐々に何もできなくなっていきました。

トイレにいく時とご飯を食べるとき以外は、ずっとベットの上で過ごして。

 

いままでは長くても5日くらいしか寝込むことはなかったんです。

でもそれが結果3年続きました。

 

外にも出られなくなり、病院にもいけなくなり。

もうどうしたらいいものか、家族も分からなくなりました。

 

会話のキャッチボールもままならず、母は悪夢の中で1人苦しんでいるようなかんじでした。

 

やっとみつけた母の病気の正体

 

無料素材 虫眼鏡 に対する画像結果

 

父とわたしで治す方法をたくさん調べました。

そしてあるとき知ったのが双極性障害という病気。

 

母の症状にぴったり当てはまっていて、母はうつ病ではなくて「双極性障害」だとはっきり分かりました。

 

でもわかったところで何もできず、母が病院に行けるようになるのを待つしかありませんでした。

 

またやってきたハイの波

 

無料素材 テンション に対する画像結果

 

やがて祖父が亡くなり、その時から徐々に母はまたハイの状態になりました。

本人は元気になったと喜んでいましたが、わたしは複雑なきもちでした。

元気になったのではなく躁(そう)状態に入っただけだとわかったからです。

 

母に「今の状態も普通じゃないんだよ。だから病院に行かないと」と何度もいいました。

家族が無理やりにでも連れていかなきゃないんです。

 

本人はもう治った、と思っているので。

ずっといい状態が続くんだろうと思ってしまっているので。

躁(そう)状態の時こそ病院にいかなきゃないんです。

 

双極性障害躁うつ病)という病気

 

本人はよくなったと思ってしまうんです。

周りの人が気づいて病院に連れていかないと

また燃料ぎれになったころ、うつ状態に突入します。

わたしは母を見ていてそう感じました。

テンションの制御装置がうまく働かなくなっているんだと思います。

 

双極性障害の人はうつ状態のときにしか病院にいかないので正しい診断をしてもらえないことが多いそうです。

 

躁のときとうつのときがあることを本人や家族が自覚して医師に伝えることが大事です。

 

なぜかというと、うつ病のくすりと、双極性障害のくすりはまったく別のものだからです。

わたしも全く無知でした。

 

うつ病でも、双極性障害でもくすりは同じだろうと思い込んでいました。

 

でも全然違ったんです。双極性障害の人がうつ病の薬を飲んでも意味がないんです。

双極性障害のくすりは躁とうつの波を小さくするくすりなんだそうです。

 

わたしの母は双極性障害なのに、30年もうつ病の薬を飲んでいました。

双極性障害は正しい治療を行わないと、躁とうつの波の間隔がだんだん短くなってくるそうです。

 

www.mhlw.go.jp

 

治療がはじまる

 

無料素材 くすり に対する画像結果

 

やっと母の病気のことがわかる医師に出会い、くすりの服用をはじめました。

2週間くらいで母のハイテンションは落ち着きました。

 

うつのときも躁のときも、母との会話は何かすれ違っているようなかんじで、別々の世界にいるようでした。

 

でも治療がはじまってからはやっと、同じ世界で会話ができているとおもいました。

外にも出られるようになり、今は毎日畑の草取りをしているようです。

 

わたしの母の場合

 

この15年間ではっきりわかる限り母は3回躁(そう)状態になり、そのきっかけはすべて身内の死でした。

 

ひとによってきっかけは違うようですが、何かをきっかけに躁かうつの波がやってくるようです。

 

うちと同じかも、とおもわれた方へ

 

無料素材 病院 に対する画像結果

 

わたしの母と同じようにもしかしたら双極性障害なのにうつ病のくすりを飲み続けているひとがいるかもしれません。

 

うつ病だと診断されている人、もしこのブログを読んで、「うちも同じかも」と思われる人がいたらすぐに医師にそのことを伝えてみてください。

 

病院を変えてみるのもひとつの手だとおもいます。

実際、母は何十年通った病院ではなくさいきんできたクリニックにいって正しい診断をしてもらいました。

 

大事なのはこの病気を知っている医師に出会えるかどうかです。

 うちは田舎というのもあって病院の先生はお年を召された方が多かったんです。

 

でもちょっとだけ足を延ばしたら、いらっしゃいました、わかってくれる医師が。

 

こちらは岩手県花巻市にあるクリニックです。

⇒【銀河クリニック 心療内科・内科・精神科

 

いまは母は落ち着いていますが、またうつの波は小さくともやってくるのだろうと思っています。 

 

でもとんでもない大嵐から抜け出したのでさすがにこれ以上のことは起きないはずです。

と思いたい。なにがあるかはわかりませんが。

 

とにかく一日でも多く母が「生きることが楽しい」と思える日があればいいなと思っています 。

                        

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